「みちのくリーダーズ(東北進出編)」は、東北に力を入れる域外企業のキーパーソンに話を聞くシリーズです。第3回のゲストは、グループウェア大手サイボウズ株式会社。業務改善プラットフォーム「kintone(キントーン)」を主力に、「チームワークあふれる社会を創る」を掲げる同社は、2026年4月、仙台中心部のアーバンネット仙台中央ビルへ仙台営業所を移転し、執務エリアを倍に拡げました。東北営業所 所長の島谷さんに、移転に込めた狙いと東北のDXのリアルを伺いました。
お話から見えてきたのは、「人がいないからこそ、DXとAIはもっとも必要とされる。だから東北には可能性がある」という視点です。SaaS企業の撤退が続いたこの街で、あえて拡大を選んだ理由。そして「地方は、東京とは違うフィールドで、自分の可能性を羽ばたかせられる場所」という言葉の意味。東北で事業を営む経営者にとって、前を向くヒントが詰まったインタビューです。

島谷所長とは。サイボウズとは
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島谷 昇孝 (しまや のりゆき) サイボウズ株式会社 東北営業所 所長 北海道北広島市出身。東北大学教育学部で学生時代を仙台で過ごし、よさこいで東北各地を巡る。新卒で大手製造業に入社し兵庫・姫路で勤務したのち、2020年9月、仙台で働くためにサイボウズへ。東北6県の営業を担い、現在は東北営業所の所長として、パートナー企業とともにkintoneをはじめとする製品の提案・導入支援を行う。 |
※本記事はオンラインインタビューの内容をもとに、田口陽大が編集・再構成したものです。
北広島から仙台へ。学生Uターンの所長
島谷さんの出身は、北海道北広島市。エスコンフィールドのある街です。大学進学を機に仙台へ移り、東北大学教育学部で4年間を過ごしました。学生時代はよさこいに打ち込み、夏は毎月のように東北のどこかの祭りにいたといいます。「東北はいいところだ」という実感は、この頃に育まれたものでした。
新卒では大手製造業に入社し、兵庫県姫路市で勤務。しかし、学生時代からのパートナー(現在の奥様)との縁もあって、仙台に戻る決断をします。社内異動が難しかったため転職を選び、2020年9月、サイボウズの東北営業に第二新卒として入社。まさに、宮城県が力を入れる「学生Uターン」の実践者です。コンパクトに都市機能が詰まり、自然も身近にある。地域としての仙台の良さを知っていたからこそ、戻る場所に選んだのだといいます。
kintoneを軸に、東北6県を担当
サイボウズは「チームワークあふれる社会を創る」を企業理念に、グループウェアを提供する会社です。主力の業務改善プラットフォーム「kintone」は、世界で4万社を超える導入実績を持ち、東北6県でも数千社規模で活用されています。スケジュール共有を核とするサイボウズ OfficeやGaroonも、東北では今なお根強い需要があるそうです。
販売方法は、顧客と直接契約する「直販」と、パートナー企業経由の「間販」の2本立て。仙台営業所の東北営業メンバーは、パートナーとの同行提案や勉強会・研修の企画を通じ、東北6県をカバーしています。
なぜ移転・拡大したのか

撤退が続いた仙台で、拡大を選ぶ
SaaS企業が仙台に拠点を出しては、撤退していく。この10年、そんな光景が繰り返されてきたと島谷さんは言います。その中でサイボウズは逆の選択をしました。2015年に仙台営業所を開設し、2020年の移転を経て、2026年4月には仙台中心部のアーバンネット仙台中央ビルへ。執務エリアを倍に拡張する、明確な「拡大」です。
なぜ他社は去り、サイボウズは残って拡大できたのか。理由を尋ねると、返ってきたのは意外なほど率直な言葉でした。「もう覚悟とか気概の世界なんです」。東北のポテンシャルを信じる、SaaS企業としての覚悟。人が増えて手狭になった、勉強会やワークショップの場が必要になったという現実的な背景もありますが、根っこにあるのは数字だけでは説明しきれない確信だといいます。
東北は「短期の合理性」で測ると、撤退になる
ここからは筆者の解釈ですが、この後のインタビューで語られる東北市場の構造が、他社が去った理由をそのまま説明していると感じました。後述のとおり、東北は付き合いのある販売店の紹介、信頼できる人のひと押しがあって初めて導入が決まる市場です。東京流の合理的な営業をそのまま持ち込んでも、商談は「高いな」で止まる。しかも顧客の中心は中小企業で、一件あたりの取引は決して大きくない。つまり、四半期や単年度の数字で判断すれば「撤退が合理的」に見えてしまう市場なのです。
サイボウズが違ったのは、時間の使い方でした。10年かけて地場の販売店と関係を築き、営業メンバーが東北6県を実際に回り、「いざという時に来てくれる会社」であり続けた。短期の効率ではなく、関係資本に投資した会社だけが残れる——撤退の歴史は、東北市場の欠陥ではなく、この土地の参入条件を示していたのだと思います。だからこそ今回の移転は、単なるオフィス拡張ではなく、「腰を据えて戦う」という宣言に見えるのです。
七夕と三日月。「東北の意匠」を散りばめた交流のハブ
新オフィスのデザインコンセプトは「HARE NOBA(ハレ ノバ)」。東北の祭りがもたらす活気をヒントにした「祭りの庭」のような空間で、天井には仙台七夕まつりをイメージした装飾、壁には東北の地図と名物・郷土料理、そして伊達政宗の兜を象徴する“三日月”の意匠。地域色を打ち出そうという、強いこだわりを感じる空間です。それもそのはず、所属メンバーの半分以上が東北6県の出身で、全員が東北にゆかりを持つチームなのです。
移転先は、仙台中心部で進む再開発の第一号とされるビル。地域の交流のハブになることを掲げたビルのコンセプトと、「お客様やパートナーが集い、サイボウズをきっかけに共創が生まれる場をつくりたい」という狙いが重なりました。実際、移転後は月に3〜4回のペースで顧客・パートナーが集まる取り組みが行われ、「ここでやりたい」と相手側から指名される場所になりつつあります。ユーザー側の発案で東北6県の交流会を開きたいという相談や、パートナーが自社の体験会に使いたいという声も出てきており、「サイボウズがいてもいなくても交流が生まれる場所」という理想に近づいているそうです。
サイボウズ東北が向き合う、東北DXのリアル
小さな会社は、まだ紙
東北には従業員1,000名を超える大企業が多くないため、サイボウズ東北の主戦場は中小企業です。規模の小さな会社では、正直なところ「まだまだ紙」が現実で、ペーパーレスの提案が今も響くといいます。ただし、燃料や資材の値上がりが続くなか、システム投資に踏み切れるかどうかは別問題。ここに地域の中小企業の悩みがあります。
一方、100名を超える規模になると話は変わり、レガシーシステムの刷新が主題になります。「作った人がもういない」「支援事業者がサポートを終了した」——オンプレミスの古いシステムを抱えたまま動けない会社が、周辺業務から少しずつクラウドに置き換えていく。そんな相談が増えているそうです。
合理性より、関係性。「西高東低」の壁
IT業界には「西高東低」と呼ばれる傾向があるといいます。西の企業は新しいことに積極的で、東は保守的。東北地方のあるパートナー企業が関西・北陸の顧客を担当した際、「高いな」で止まる東北に対し、「やってみよう」と進む西との違いを実感したという話も紹介されました。
それを裏づけるのが販売比率です。全国では直販と間販がほぼ半々のところ、東北は「間販が多い」と言い切れる比率。つまり、付き合いのある販売店からの紹介、信頼できる人のひと押しがあって、はじめて導入を決める文化なのです。秋田や青森、山形の顧客がよく口にするのは「いざという時に来てくれるか」。広い土地ゆえの、切実な基準です。だからサイボウズ東北は、地場の販売店との関係を深め、新しいパートナーの開拓を続けています。「いいものだから」ではなく、「いいものだし、この人がすすめてくれるから」という構造をつくれるか。それが東北で戦う鍵だといいます。
実は、東北は「活用先進地」だった
意外な事実があります。サイボウズがユーザーの活用事例を競う全国イベント「kintone hive」で、全国優勝を歴代最多クラスで輩出してきたのは、東北の企業だというのです。一時は3年連続で東北勢が全国の頂点に立ちました。2016年には震災をきっかけにkintone活用を進めたヤマウチ、2017年には地方ならではの老舗・京屋染物店。そして2018年は、当時ガソリンスタンドが主事業であった創業60年の矢内石油。逆境や伝統と向き合う東北の会社こそ、人の心に響く活用を生んできたのです。
導入が動くきっかけとして、事業承継のタイミングも一定数あるといいます。かつては経営者の強い意志で自ら導入する企業が中心でしたが、今はそうした先駆者には行き渡り、関係性を武器に次の層へ広げるフェーズへ。裏を返せば、信頼のネットワークを持つ地元企業にとって、東北市場の参入障壁は「強み」に変わるということでもあります。
業務効率化の延長線上に、AIがある
いま商談で外せなくなってきたのがAIです。ただし島谷さんの説明は、流行語とは一線を画します。AIを使うためにデータを整理するのではない。業務を効率化していくと、自然とAIが使える形でデータが溜まっていく——kintoneはデータの入る場所が決まっている(構造化されている)ため、日々の業務がそのまま「チームで使えるAIの材料」になる、という順序です。
インターネット上の一般データではなく、自社の業務データでAIを活用できる。この価値は企業規模が大きくなるほど響いているといいます。そしてサイボウズ東北が目指すのは、「業務効率化やAI活用の最初の一歩といえばkintone」という空気感を東北につくること。パートナーとの取り組み拡大に加え、自治体や商工会など外郭団体との協業にも力を入れようと活動し始めています。
今後の展望と、読者へのメッセージ
人がいないからこそ、DX×AIの可能性は大きい
東北は人口減少と高齢化が全国に先駆けて進む地域です。しかし島谷さんはこう捉えます。マイナス面だけを見ればビジネスとして辛い。けれど、日本全国の未来を先頭で走っている地域だと解釈することもできる。人がいないからこそ、DXとAIはもっともやらなければならないはずで、その可能性はむしろ高い、と。
さらに、全国的に有名なkintoneユーザー企業には東北の会社が多いという事実を、もっと外へ発信していきたいといいます。「東北って人は減ってるけど、面白い企業がたくさんあるんだね」——サイボウズのエコシステムを通じてそれが伝わっていけば、東北はもっと面白くなる。8月には東北営業に新たな仲間も1名加わるなど、体制の強化も続いています。
読者へのメッセージ「地方は、輝ける場所」
最後に、東北で働くこと・挑戦することを迷う人へのメッセージを伺いました。島谷さんの答えはこうです。「地方は、“その人自身”の個性や強みが、そのまま価値として輝く可能性がある場所」。人の絶対数が少なく、情報の入り方も都心と違う。だから、大都市では埋もれていたかもしれない個性や強みが、仙台や山形、岩手、福島では大きな価値になる。そこに「この地域が好きだ」という気持ちが少しでもあれば、その掛け算で戦える。「東京とは違うフィールドで、自分の可能性を羽ばたかせられる場所として、地方はたくさんの人を求めています」——学生Uターンで仙台に戻り、東北の現場を走り続ける所長の言葉には、実感のこもった説得力がありました。
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